アンケートで分かった
会員様のホンネをご紹介
当スタジオならではの効果をご覧下さい。
ピラティスを始める前、どんなことで悩んでいましたか?
ピラティスをはじめて、どのような効果がありましたか?
通い続けている理由はなんですか?
当スタジオでは3ヶ月以上継続することで、会員様の100%が効果を実感しています。
自分史上最高の身体と心の状態が得られるメソッドです
ピラティスは、本来あるべき体の機能を取り戻すようにデザインされたメソッドです。日常生活で知らないうちに、誤った使い方をして負担をかけている体を、動きを通して正常な状態に導いていきます。
このため、快適な体が手に入り、より良い姿勢へと改善されながら筋力アップもできるため、バランスのとれた理想的な体へと導きます。
身体の不調が取れたり、内蔵の機能や身体機能が向上したり、運動のパフォーマンスアップなど、多くの効果が期待されます。
ピラティスの最終目的は「ボディ・マインド・スピリットの統合」です。簡単に表現すると、体も心も最適な状態にある、ということです。
呼吸をしながら自分自身に集中して取り組むピラティスでは、日々の雑念から解放され、身体感覚をしっかりと取り戻し、体だけではなく頭もスッキリとクリアになっていきます。 スタジオのお客様の多くが、仕事がはかどるようになった、ストレスがなくなった、人間関係が良くなった、などとおっしゃいます。
マットを使ったピラティスは、いつでもどこでも取り組むことができ、誰でも気軽にはじめられます。また、ピラティスの基礎を身につけるのに最適です。
マシンを使ったピラティスは、マシンが体のサポート役となってくれます。弱いところを強化してくれたり、柔軟性を与えてくれたり、苦手な動きを手伝ってくれたりすることで、より早く身体の眠っていた箇所が目を覚まし、ぐんぐんと本来の身体状態へと導いてくれます。
身体の不調が取れたり、内蔵の機能や身体機能が向上したり、運動のパフォーマンスアップなど、多くの効果が期待されます。
主人の転勤で沼津に越してきました。長年の勤めを辞め、自分の時間ができたので、以前から気になっていた猫背と骨盤の歪みを治そうとピラティスをはじめました。通い続けて1年半ぐらい経ちます。
今では、少しキツかったパンツがスルッと履けるようになったり、鏡に映る姿勢が綺麗になったりと、嬉しい変化を感じています。
はじめはピラティスの動きが難しかったのですが、レッスンは少人数制なので、先生方がとても親切に個人に合わせたアドバイスをしてくださるので、続けられたのだと思います。スタジオの雰囲気はとても明るく、元気をもらえます。これからも、変化していく身体を楽しみに頑張っていこうと思っています。
ピラティスは、ひとつひとつの動きを筋肉や骨などを意識して動かすので、効率良く姿勢を正せ、それによりダイエット効果があるのだと思いました。また、このスタジオにはマットだけでなく道具や、マシン、シルクサスペンションがあり、自力では大変なエクササイズも簡単にできるので、是非多くの方にピラティスを体験していただけたら良いなと思います。
最初は緊張している様子でしたがレッスンに慣れていくと同時に身体の動きがどんどん変わっていきました。
姿勢やパンツのサイズが変わったなど教えてくださったり、ご家族からの反応の言葉など嬉しいお声をいただけるのがとてもうれしく、いつも会話がたのしみです。
身体の変化だけでなく表情がとても明るくなり、かわいらしい笑顔が印象的です。
インストラクター 石川
友人がダイエットをきっかけにスタジオに入り、みるみるうちにスタイルがよくなっていったので、私も始めることにしました。
ピラティスは、最初はプロのダンサーやアスリートのもので初心者には難しいものだと思い込んでいました。
緊張しながら挑んだ体験レッスンでは、最初は動きについていくのに必死でしたが、レッスンの途中からだんだん体がリラックスしていくのがわかりました。レッスンが終わった頃にはからだの力が抜けてすっかり眠くなってしまい、普段どれだけ自分の体をいたわってあげてなかったのか反省した程です。
仕事や育児で忙しく、頻繁には通えないので続けられるか不安でしたが、スタッフの方が話を親身に聞いてくださり、無理してすすめることもなく「まず10回を目標に一緒にやってみましょう」と言ってもらえたことで、「それならわたしでもやれるかもしれない」と入会しました。今は、月に4回ほど自分のペースで来れるときに来ています。
忙しくても自分の体のために時間を作ることができて、気持ちも穏やかになったきがします。結果、仕事や育児へも以前より前向きになれていると感じます。
ピラティスを始めて3カ月で体が疲れにくくなってきました。
「疲れてるかな」「大丈夫かな」と自分の体の声に耳を傾けられるようになったのはとても嬉しい変化です。
体験レッスンの後のカウンセリングで、お仕事や育児家事でお忙しいとお話で教えていただきましたが、それでもお体を良くしたいというお気持ちがとても嬉しかったです。「まず10回を目標に」とご提案したことで、「今日で〇回目ですね!」と一緒にその10回をカウントしていくのがとても楽しみでした。
10回を過ぎた今、今度は新たな目標で頑張る姿は、私たちへの刺激にもなります。
受付スタッフ 森野
創設者であるジョセフ・ピラティスから、
静岡県沼津市にあるピラティスボディスタジオへ続くヒストリーをご紹介
1883年
ピラティスの創始者ジョセフ・ピラティスはドイツで誕生した。幼少より非常に身体が弱く、喘息やリウマチ熱などに悩まされ続けていた。彼は自分の身体を強くするために、子供の頃からボクシングや武術、体操など、レスリングなど多くの運動に取り組み身体を鍛えた。
大人になり護衛術を教えたりサーカス団のトレーニングにも従事していた。第一次世界大戦時にイギリスで仕事をしていた時に捕虜になり、マン島の収容所に保留され、4年間をそこで過ごすことになった。
1918年
収容所で生活している間、彼は自分のメソッドを周囲に伝え、さらに負傷兵のための運動も考案した。1918年の世界的なインフルエンザの大流行では世界中で数万人の命が奪われた。しかし、彼と一緒にワークに取り組んでいた仲間達は、誰一人としてこの病気に感染しなかった。パンデミックに打ち勝った奇跡の実績として、後世に語り継がれている。
1926年
第一次世界大戦後に、彼はニューヨークへ渡り、自分の考案したエクササイズを広めるため、ニューヨークにスタジオを開設した。
彼のメソッドは怪我から多くの人々を奇跡的に回復させる。ダンサー達を中心に徐々に噂が広まり、素晴らしい結果を残す。しかし当時はまだ、この機能的なエクササイズを大衆に受入れてもらうことは難しい状況だった。
1958年
ジョセフ・ピラティス直系の認定者であるロリータ・サン・ミゲェルは、1958年にダンスでのアクシデントにあったことによりピラティスに出会い学び始める。
ジョセフ・ピラティスの弟子の中ではじめて自分のスタジオを開設して指導をしていたカローラ・トリエーの元でピラティスを学び、その後、カローラから見込まれ、世界初となるピラティス指導者としての認定を受ける。カローラから公式な認定を受けた世界唯一の人物となった。
1967年
その後、ロリータは、同僚であったキャッシー・グラントからジョセフ・ピラティスの元で学ぶこと提案される。ロリータとキャッシーは、ニューヨーク州立大学の職業転換プログラムを利用し、ジョセフ・ピラティスの元での修行をスタート。
2人は、1967年2月2日にニューヨーク州立大学を通してピラティスメソッドの全てを指導できる教育者として認定される。こうしてジョセフ・ピラティスは、生涯で2名だけ公式にピラティスメソッドの認定者を出すことになった。
2009年
その後、ロリータは、1977年に両親の祖国であるプエルトリコに移りバレエ団を設立。2005年にバレエ団の芸術監督を引退する70歳まで続ける。
ピラティス氏からの直接の認定者であり、かつ70歳まで熱心に取り組み続けたロリータは、世界中からのオファーに後押しされ、世界規模でピラティス・メソッドを教えることに時間とエネルギーを捧げる。
そして、2009年より、次の世代を本格的に育成するためのトレーニングをスタート。このトレーニングを通して「Lolita’s Disciples(ロリータの愛弟子)」が誕生し、ジョセフ・ピラティスから継承してきたロリータの遺産を、弟子たちが受け継いでいくようになる。
2010年
櫻井淳子は、妊娠~育児を機に2005年にピラティスに出会う。ピラティスを毎日続けることで感じる自身の身体の変化に驚き、ピラティスを学び続ける。続けていく中で、ピラティスの本当の素晴らしさは、まだまだ日本国内にも伝わっていない。それを伝えることができたなら、小さな街でも成り立つのではないかと確固たる信念を持ち、地方都市では当時珍しかったマシンも揃ったスタジオ「PILATES BODY Studio 」を設立。
都内と変わらない環境を実現。
当時子どもは3歳。小さな子供を連れまわしての物件探しや各種打合せに奔走し、深夜までスタジオ準備に取組む。こうした育児をしながらの深い学びや、地方都市にピラティスの文化を根付かせ発展させたことなどが評価され、フィットネス業界誌NEXTにて、「インストラクター・オブ・ザ・イヤー最優秀賞」を受賞。地方都市から、かつ女性として初の最優秀賞であった。
2011年
櫻井淳子は、ピラティスの学びを深める中、2010年に初来日したPat Guyton氏のワークショップに参加し衝撃を受ける。Pat Guyton氏は、ピラティス氏の4人の直弟子から学び、世界のピラティス界を牽引している。
櫻井淳子は、彼女から学びたいと思い詰め、直談判をスタート。長い調整の結果2011年よりPat Guyton氏の本拠地であるコロラド州ボルダーにてトレーニングを開始し、今でも学び続けている。また、この頃から、世界を牽引する偉大なティーチャーたちの元でも学び出し、海外での修行をスタートさせた。
2013年
ニューヨークには、今でもジョセフ・ピラティス氏が生活し、実際に指導していた場所が、新しいオーナーにてスタジオとして運営されている。こうしたニューヨークのピラティス事情は外せないと考えた櫻井淳子は、ニューヨークから日本へメソッドを導入。スタジオ視察等を重ね、日本人にとっても、最も良い方法でピラティスを提供できるかについて想いを深める。
また、ニューヨークPilates on FifthにてSilkSuspension™️(シルクサスペンション)にも出会い、日本ではじめてSilkSuspension™️プログラムを導入。またこの頃、Stretch-eze(ストレッチーズ)を日本に導入。
これらのプログラムは、これまでのトレーニングの常識を覆す、「楽しさ」に溢れた取り組みを実現し、今やTVや雑誌でも話題となり日本中に広まっている
2014年
最高のものを皆に提供できる場を設けようと、想いを実現するために「アカデミー部門」を設立。コンセプトは、ピラティスをはじめ続けるために、最も大切なことが学べるアカデミー。これまで多くの困難を乗り越え、国内外に足を運んで得た全てを、ここに注いで行こうと決心する。
同時に、日本で本物のピラティスを普及させるためには、まだその先を学ばなくては行けないことを感じ、ジョセフ・ピラティスの公式認定者であるロリータ・サン・ミゲェルの元でのトレーニングを決意。
また、スタジオの移転及び完全リニューアルオープンを実施。ピラティスの歴史、真髄など、まだまだ日本には伝わり切れていない大切なことに取組めるスタジオを目指して設立。
ジョセフ・ピラティス氏の存在を感じる空間、かつピラティス用具が活き活きと存在し、世界一と言われるトラピーズ・テーブルも導入。また、ニューヨーク発の人気プログラムSilkSuspension™サテライトスタジオとしての設備も備え付ける。
スタジオ名に挙げている「PILATES BODY」には、ジョセフ・ピラティス氏が提言していた「ココロとカラダの状態が整い、家族や仲間など大切な人と人生を楽しみ、幸せなライフスタイルを体現している在り方」と言う意味を込めている。
2015年
櫻井淳子の世界での学びは、さらに深くなり続け、年々、多くの時間を海外で過ごすようになって行った。
また、世界で2名だけピラティス氏から資格認定も受けた、ロリータ・サン・ミゲェル氏の元でのトレーニングを続けた。
世界各国から国を代表するピラティストレーナーが集結し、4カ国のメンバーとともに最も歴史の深いピラティスについての学びを続けた。言葉の壁や育児の課題を乗り越えての、大きな挑戦となった。
日本にいても24時間ピラティス漬けの日々を送り、努力がついに実った。2015年8月には、公式に「第二世代ピラティスティーチャー」及び「ロリータ・サン・ミゲェル ピラティスマスター」として認定された。さらにアジア初のLolita’s Legacy Educatorとなり、ピラティス氏からの公式直系のピラティスの教育者となった。
2016年
世界中でピラティス団体が加速度的に増えた昨今。「そもそもピラティスとは何であるか」という疑問が多く聞かれるようになった。今こそ、「私たちが取組んでいるピラティスとはいったい何か」について理解するために、ピラティスの真髄や哲学を知る時であろう。
ロリータ・サン・ミゲェルがピラティス氏からの直接の教えと彼女自身のプロフェショナルな60年にも及ぶ取り組み、そして最新の科学を融合させた「Lolita’s Legacy」を、アジアに初導入した。2016年には、日本人としてはじめてのLolita’s Legacy Educatorとして、「世界でも最も由緒あるピラティス指導者養成コース」をスタート。
2017年
海外と日本を往復する中、国際的なピラティスコミュニティーにおいても、信頼関係が構築されていった。2017年からは、ジョセフ・ピラティスの生誕地であるドイツで開催される「ピラティス国際遺産議会」のアンバサダーを就任し、その貢献が認められている。
また、ロリータ・サン・ミゲェルを日本に招致し、ロリータ自身がアジアで初開催されたLolita’s Legacyの最終試験に立ち会った。また、ジョセフ・ピラティスから直接指導を受けたロリータより、日本でピラティスの歴史が伝えられた。この様子は世界的にも取り上げられ、米国のピラティスマガジンから世界に向けて紹介された。
2019年
海外からのオファーも増えるようになり、2019年からは中国から招致され、本格的なワークショップを提供するようになる。中国でも様々なピラティス流派が誕生する中、「本物を知りたい」という人たちが押し寄せ、大盛況となった。その後もさらに深く学ぶ環境を提供してきた。今は、多くの生徒が新型コロナウィルの終焉を待ち望んでいる。 また、国際的なカンファレンスなどでアシスタントも担当するようになった。
2020年
2020年、突然世界を襲ったパンデミック。この時、真っ先に立ち上がったのは、当時85歳となるロリータ・サン・ミゲェルだった。ロリータは、世界中の弟子たちと協力し、世界でも最高峰のオンラインでの教育システムを設立。
その中で、櫻井淳子は講師に抜擢され、今や世界に向けてレッスンやワークショップを提供している。参加者から絶大な支持を受け、言葉の壁を乗り越え、今やトップティーチャーのうちの一人となり、ロリータからも厚い信頼を寄せられている。
ピラティス・メソッド(Pilates method)は、1920年代に、ドイツ人従軍看護師Joseph Hubertus Pilates(ジョセフ・ピラティス)が開発したエクササイズです。
ピラティス・メソッドは、心と体のコンディションを最適に整える効果があり、体幹を効果的に鍛えながら、筋力・柔軟性・バランスなどを整える全身運動です。
姿勢改善、肩凝り腰痛改善、引き締め等、運動が苦手な方からアスリートまで素晴らしい効果を発揮します。
1883年に生まれた・ジョセフ・ピラティス氏は、幼少より非常に身体が弱く、喘息やリウマチ熱等に悩まされ続けていました。彼は自分の身体を強くするために、ボクシングや武術、体操、ヨガなど、多くの運動に取組み身体を鍛えていきました。特に精神的なものにも通じる東洋のメソッドに深い興味を持っていたと言われています。このような取組みから現在のピラティスメソッドが生まれていきました。
1914年第一次世界大戦時に、彼はイギリスで捕虜になり収容所に抑留され、マン島に移されました。拘置生活の中で、ピラティス氏は従軍看護士として負傷兵にリハビリを行います。ベッドに寝たままの状態でリハビリができる方法を考える中で、現在のマットピラティスのもとが誕生しました。また、ベッドを改造してより効果的にトレーニングする方法を考案し、現在のピラティスマシンのもとが誕生しました。
安全で効果的なピラティスエクササイズには、このような背景があるのです。
当時、彼は自分が考案したメソッドを「コントロロジー」という名付けて「心と体、そして精神の完全な調和を目指すこと」と定義しました。
1918年の世界的なインフルエンザの大流行では数万人の命が奪われましたが、日頃からコントロロジーに取組んでいた彼の仲間達は、一人もこの病気に倒れなかったと言われています。
戦争が終わりドイツへ帰国した彼は、アメリカに移民する事を選び、1926 年、アメリカに渡り自分の考案したエクササイズを広めるため、ニューヨークにスタジオを開きました。
ダンサー達を中心に徐々に噂が広まり、素晴らしい結果を残していきました。
彼は、医学の世界や学校教育にも積極的に取入れられることを強く望んでいましたが、当時はまだ、この機能的なエクササイズを受入れてもらうことが難しく「僕のメソッドは50年はやすぎた」と話していたと言います。
現在では、体の動きのシステムを体系的に行うピラティスは、エクササイズそのものとしての価値のほか、プロスポーツやあらゆるリハビリの補助的役割として、大変効果的であることが証明されて、近年では、コアを効果的に安全に鍛えられる、また筋持久力の向上、怪我をしない身体作りなどに効果的であることから、各スポーツ界でも取り入れられています。
ピラティスは身体全体を整える効果があり、体の奥から強化するだけではなく、柔軟性、バランスの向上を促します。また、筋肉の緊張を正常な状態に戻し、本来あるべき正しい動きに調整し、姿勢の改善や、肩こりや腰痛の改善、骨盤底筋群の機能改善にも有効です。
自分自身に集中し適切な動きを行うことでリフレッシュ効果も高く、精神面での効果も期待できます。初心者から上級者まで難易度を調整することができ、運動が苦手な方からトップアスリートまで、その方の目的に合わせて取組むことができるのです。
そしてジョセフ・ピラティス氏は、全ての人の健康と平和な社会にコミットメントしていました。